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文章

塩谷 舞

(milieu編集長)


私たちはやっぱりとても「共感」が好きだ。

あなたと私は違う生き物なのに、なぜかそれでも「わかる」と共鳴したがる。「わかる」を言い合える人と近くにいると、なんだかすごく安心する。音楽の趣味がわかる、抱いているストレスがわかる、理想とする働き方がわかる……

東京みたいな母数の多い、便利で居心地の良い場所で暮らしていると、「わかる」の精度がめちゃくちゃ上がっていく。

その上で、わかりあえる者同士は同じ言語を喋る。

「クライアントとコンセンサスとれた?」
「パートナーさんにマイルストーンのリマインドしといて」

東京のIT企業関連の人は、やたらめったらカタカナの多い言語を操る。これは方言を持たない東京における、一種の方言であるように思う。私たちは同じ部族の所属である、ということの現れだ。

先日、会いたい方々がいたので、茨城県の守谷市という町に行った。

というのも、日本で一番歴史あるアーティスト・イン・レジデンス施設が茨城県の守谷市にあるのだ。

アーティスト・イン・レジデンスというのはその名の通り、アーティストがしばらくそこに滞在し、集中して制作したり、リサーチをしたり、その成果を発表したり……という施設だ。

美術館やギャラリーのように一般来場者に展覧会を見せるような施設とは少し異なるので、関係者以外からは「謎の施設」と思われがちかもしれないが、アーティストを育成する仕組みとしては非常にスタンダードで、日本各地、世界各国にあるものだ。

茨城にあるARCUS Projectというその施設は、1994年からずっと素晴らしいアーティストを輩出していることから、海外のアーティストからはよくその名前を知られている。応募倍率も240倍だとかで、数の上では、東京藝大に入学するよりもずっと狭き門だ。

どうすればARCUSみたいに、素晴らしいアーティストたちを育む土壌ができるのか……そんなこと聞きたくて伺ったのだが、今日ここで書きたいのは少し別のこと。その帰り道に起きた奇妙な出来事のことを書かせて欲しい。


私は2時間半ほどたっぷりとお話を伺い、日も暮れてきたので、そろそろ帰りますねと残ったコーヒーを飲み干した。ただ、小腹が空いてきたし、せっかく茨城まで来たのだから、少し地元の空気にも触れて帰りたい。

近くでオススメの喫茶店やカフェはありますか……と聞いたが残念。ほとんどは17時で営業終了している。


「メヒコですよ!メヒコ、絶対行ったほうがいい!」

そこで1人の若いスタッフが熱烈に推薦してくれたのが、メヒコ。

他のスタッフは「いや別にそんな珍しいモノじゃないでしょう?」という反応を見せた。それでも若い女性スタッフは「メヒコです!絶対!」という眼差しを送ってくる。

その熱烈な推薦を受けて、いざメヒコへ。少し距離があるのでタクシーを呼び「あの……メヒコ? ってわかりますか?」と聞いたら、北関東の訛りが強い運転手さんは「はいはい、メヒコね」と答えた。この町では当たり前の存在らしい。ものの5分でメヒコに到着した。

推薦者が若い女性だったこともあり、もう少し若者向けの、ポップなものを想像していたが、現れたメヒコは街外れの少し古いモーテルのような趣きだった。

メヒコに入って右を向く。実に普通の、なんの変哲もないレストランだ。しかし頭を左に振れば、モゾモゾと動くピンクの……フラミンゴだ。しかも1羽や2羽ではない。大量だ。

「えぇっ…?」

思わず声に出てしまった。だって大量のフラミンゴがレストランの中庭を埋め尽くしている。エレガンスなBGMの合いの手かのように、クエェッ、キエェッ、という鳴き声が響き渡る。


「奥のお席にしますか?窓際のお席にしますか?」

そんなもの、窓際に決まっている。窓際というか、フラミンゴ際だ。いやおかしい。フラミンゴを見ながら食事を食べるのはかなりおかしい。魚の泳ぐ生簀ならわかる。カニでもいい。フグもよくある。しかしフラミンゴは食材ではないし、飼育コストも高そうじゃないか。猫カフェのように人間と戯れ合うこともなく、ガラスの先でクエェッ、キエェッ、と鳴いている。

そんな異常な光景が広がっているのに、店員さんはそのことに一言も触れてこない。客席にいたビジネスマンらしい二人は穏やかに商談をしている。横でフラミンゴが羽をバッサバッサしている。店員さんはコーヒーを注ぐ。フラミンゴが鳴く。BGMが流れる。「当たり前の風景」として、淡々とメヒコの時間は進んでいる。


わからない。私にはメヒコがわからない。大量のフラミンゴ群でインスタ映えを狙って集客したいのであれば、壁とか床とか全部ピンクに塗りそうなところだが、店内は実に落ち着いたクラシカルな内装である。日本的な絵画なども飾られている。その中に響くフラミンゴの声。空間全体の不協和音が高まり、あまりにもサイケデリックな仕上がりだ。


とりあえずツイッターだ。ツイッターには普通の人がたくさんいるから、この異常な光景に驚いてくれるに違いない。私は動画を撮影し、ツイッターに投稿した。すぐさま通知が鳴りまくった。が、私が求めていたリアクションとは違った。

「いやそれはメヒコだろ」
「何が珍しいの?」
「普通のメヒコ」

いやいやいやいや。普通のメヒコって何だよ。私の生まれ育った大阪の千里ニュータウンには、「普通のメヒコ」は存在しない。6年間世田谷に住んでいたときにも、見たことも聞いたこともない。


もしかして、私がアメリカに住んでる半年の間にフラミンゴが普通になったのか? そういえば、東京では最近黒やグレーやベージュ色のマスクをしている人が増えて驚いた。半年ほど東京を離れているうちに、色付きマスクがある程度「普通」になったのだ。いや、マスクの話はどうでもいい。そんな爆速でフラミンゴ付きレストランは普及しない。

「何が言いたいの? メヒコじゃん」
「メヒコだ〜!お誕生日の日に行ったなぁ」
「ありふれた、ごく普通のメヒコの風景」
「本店は福島県いわき市ですよ」
「メヒコでウェイトレス兼、フラミンゴの飼育係してたw」
「えっ?! メヒコって全国チェーンじゃなかったの?」

怒涛の通知を眺めていると、どうやら福島県民、茨城県民、山形県民には慣れ親しんだ存在らしい。その三県の人口は611万人以上だ。住んでいた人、働いていた人を含めるともっと多いだろう。メヒコ、メヒコ、メヒコとみんなが教えてくれる間に、いいね数が3000、5000、1万、10万、15万………


「○○テレビの者ですが、投稿されたフラミンゴの動画についてお話を伺いたく、一時的にフォローしていただいてもよろしいでしょうか?」

バズるとどこからともなく現れる、テレビ局SNSリサーチ班まで登場する始末。お話を伺いたいのはこっちだ。私の中の「普通じゃない」と、大勢の人の「普通」がパンデミックを起こしている。

そういえば、私に熱心にメヒコを勧めてくれた若い女性は、京都出身だった。だから彼女は、この異常を見せねばと、ヨソモノの私に勧めてくれたのだ。わかる。ヨソモノ同士であれば、この異常さがわかるのだ。


そうこうしている間に、メニューで猛烈にプッシュされているカニピラフが完成して届けられた。鮮やかなカニの足から身をほじくり出しながらフラミンゴを見つめる。カニの足とフラミンゴの足がシンクロする。耐えきれずビールを飲む。

メヒコ動画はTwitterで350万回再生され、10,899,382インプレッションを叩き出した。福島、山形、茨城県民の総数を超えてしまった。知らん間にネットニュースにもなっていた。アメリカの友人に見せても爆笑していた。

メヒコのポテンシャルはすごかった。

私たちは、観光とか、宣伝とか、何かを盛り上げようとするとき、新しいものを作ろうとしがちだ。

新しいレストラン、新しいテーマパーク、新しいホテル……それらはもちろんエネルギーに溢れているのだけれども、少し一辺倒で、トレンドをおさえた、都会的なものに偏ってしまったりもする。

それよりも実はもう既にそこに「当たり前」として馴染んでいるものは、誰かにとっては当たり前じゃないのかもしれない。当たり前ほど気づかないのだ。だから、「ヨソモノ」の視点は、わりと大事にしたほうがいい。

私は今、家はニューヨークにあるのだが、1年の半分は日本で過ごす。

東京も良いけれど、地方に赴くのが楽しい。私の実家は大阪にあるが、そこを拠点として、姫路、奈良、京都……それも市街地ではなく、山のほうへ、人が少ないほうへ進んでいく。

そこで出会う人たちの「当たり前」と、自分の「当たり前」のギャップに毎度シビれる。相手の価値観にも衝撃を受けるし、同時に、都会では見えない、高解像度な「自分の輪郭」が、地方に行けば行くほど見えてくるのだ。

なんなら、23年も過ごしたはずの実家にいる時間ですら「わからない!」の連続である。

関西特有のテレビのノリ、91歳になるおばあちゃんとの会話、都会にはないご近所さんとのコミュニケーション……その全てが東京とも、もちろんニューヨークとも違っていて、なんと刺激的な場所なんだと恐ろしくなる。ここにいると、創作意欲が止まらないのだ。あんなに退屈だと思っていた故郷は、実は刺激に満ち溢れていた。景色は変わらないのに、何かが大きく変わった。

ここで変わったのは故郷ではなく、都会に染まった自分……半分「ヨソモノ」になった自分なのかもしれない。なんにせよ、頭が回転しっぱなしで忙しい。

「あぁ、わからない!」と思えるものがあると、自分の奥行きがぐわんと広がった気がする。その高低差みたいなものが高ければ、それが社会的な営みになったり、文化になったりもするのだろう。平坦なところからは、エネルギーは生まれにくい。

私はそれを書き留めて、あぁこれは私らしい文章だ、とニンマリしていたりする。今みたいに。

まるで良い話でもあるかのように結んでしまった気もするが、これはすべて「普通のメヒコでしょ」で終わる話なのかもしれない。普通じゃないんだけど。

PROFILE

塩谷舞(Mai Shiotani)

オピニオンメディアmilieu編集長。大阪とニューヨークの二拠点生活中。1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊、展覧会のキュレーションやメディア運営を行う。2012年CINRA入社、Webディレクター・PRを経て2015年からフリーランス。
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